シャロンは虹の橋を渡りました。

  • 2015.11.07 Saturday
  • 02:37
こんばんは。
ツイッターを見てくださっている方はもう知っていると思いますが・・・
タイトルの通り、この度我が子シャロンは虹の橋を渡りました。
10月29日の朝でした。

もっと早く書くべきだったのかもしれませんが、何せ気持ちの整理が一向に着かず…。
何を書けばいいのかも頭の中がまとまらなかったのでこんなに日が開いてしまいました。ご報告が遅れてしまったことお詫び申し上げます。

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えー、なんといいましょうか…。
前回の記事で御飯も少しずつ食べるようになったと書いたのですが、その後また食べなくなってしまいました。
フラフラながらも歩けていた足も更に覚束なくなって左足を引きずるように…。

なんとか薬は!と、ご飯に混ぜたりチーズ(犬用)に挟んだり試行錯誤を重ね、半ば無理やり気味に飲ませるものの今度は薬を警戒してかご飯のみでも口にしなくって。
水は飲みたがるけど、がぶ飲みは嘔吐に繋がるといわれていたので、一日数回にわけて与えてました。
好きなものを食べられるだけ上げたかったのですが、膵臓の数値が高すぎるため脂肪分の高いものは上げられず…
甘いものなら食欲も出るかな?と色々試してみたのですが、最初は喜んでいたボーロ(犬用)やにぼし(犬用)もだんだんと口にしては貰えなくなってあんなに回復していたのが嘘のように衰弱していく一方でした。

そして27日…
ついには水も殆ど飲まなくなってしまって…縋るように病院へ。皮下脂肪点滴をしてもらいに通いました。
とにかく何かを口にしてもらわなければ!と先生に相談して、病院フードを諦めて補助食として売っているようなパウチ御飯をあわてて買いに行きました。
店員さんに「猫用と犬用の違いってなんですか?!」って聞いたら栄養の問題も細かく教えてくれることもさることながら、
「なんだかんだで猫用の方が美味しいです!」(でーん!)
と言われてw何個か適当に買って帰ったらどれかは食べてくれるかも!?と、犬用猫用問わずとにかく好みそうなものを買って帰りました。

とりあえず薬は二の次にして…御飯だよ御飯!!と、買ってきたパウチ(とりあえず犬だから犬用からw)を御飯皿へ。
元気な時はがっついていた皿も、食べなくなってからは皿を顔に近づけるだけでふいっと背けてました。
しかしどうでしょう!パウチ御飯を入れた皿を近づけた途端ふんふんと鼻を近づけ、ゆっくりだったけど食べたんです!
もうっ、感動ですよ!!あんだけご飯を嫌がってた子がお皿舐めまわして美味しい口するんですよ。
良かった〜!!以外の言葉が見つからないほど、母と二人胸を撫で下ろしました。
そしてその日私は安心して家路についたのです。


しかし28日…
仕事の帰りに実家に行きました。
昨日あれだけ食べれたんだから今日はまた違うパウチ御飯食べてくれるかな?なんて意気揚々でした。
玄関のドアを開けようとドアノブに手をかけたところで、中からシャロンの声がします。ヒャン、ヒャン…と。
おおおおっ!鳴けるまでに回復してる〜!!と喜んで家の中に入りました。

ですが…中にいたシャロンは元気で鳴いていたのではなく、痙攣なのか、痛みなのか…何かの苦痛に耐えられないといった鳴きだったのです。母の腕に支えられながらもじたばたとじっとしてはいられない様子で。
喜びは一気に崖の下まで落ちました。
サァっと血の気が引いた私の前で苦しいんだろうに、それでも頑張ってゆらゆらと尻尾を振る姿に泣きそうでした。

とにかく一刻も早く病院へ行こう!と抱きかかえて車に乗せて病院へ着いた途端車の中でう●ちをしました。
突然の事に母が対応できず(私は運転手)ちょっと大変なことになったのですが…まぁ、そこは人間の事情なので割愛w
シャロンさんは腸の中の物を出したらすっきりしたのか、苦痛の鳴きは止みました。が、もう自力で歩けるような状態ではなくなってました。
とりあえずその日も病院で皮下脂肪点滴をしてもらって、前日にパウチ御飯を食べたことを伝えると先生も喜んでくれて…。
翌日は病院がお休みの日なのですが、朝に点滴の為に開院してくださることになりました。(本当にいつもありがとうございます)
病院から帰ると相方も仕事後に駆けつけてくれました。

朝から病院ということで、その日私は実家に泊まって翌日は実家から仕事に行く予定にしました。(実家の方が会社が近い)
なので、病院から帰って着て一旦自宅に戻り、ご飯を食べて風呂に入って翌日の用意をして再び実家に行ったのが夜の9時ごろでした。

そして再び実家の扉を開けると悲痛な鳴き声が…。
また、痙攣なのか痛みなのかを繰り返しているらしく、一定の時間おきに鳴いてはじっとして居られないようで泳ぐように足を動かしてベッドから出ようとします。それも波があるみたいで酷い時とちょっとマシそうな時と…。

母によると。私が家に帰っている間の話…
自力で歩けないような状態だけど痙攣が治まってたからベッドに寝かせたまま家の用事をしようと数分目を離したそうなんです。
そしたらその数分の間にシャロンさんはベッドから姿を消していて!焦って探して見つけた場所は、隣の部屋の父の遺影と仏壇の前だったそうです。
脚にも手にも全く力が入らなくてべたー…っと寝てしまうような状態なのにそこまでどうやって行ったのか…?必死に這って行ったのでしょうね…。その前でへたってたそうです。

必死にベッドから出ようとするシャロンを見て、その話を聞いて、少し痙攣がマシそうかな?となった時に抱きかかえて仏壇の前で暫く座っていると体の動きも叫ぶような鳴き声も落ち着いたのです。もしかして、シャロンにとって仏壇と父の写真の前は落ち着ける場所だったのでしょうか…?
いや、単なる偶然なのかも知れませんが、なんとなく気になったのです。

その時の写真がこちら↑
多分、様子からして目は見えなくなってたと思います。
だから猶更、父の側に行きたかったのかなって…。


それでもその後再び痙攣の波は続きました。
一人にして寝かせるのが怖くて、私の腕枕でリビングに布団を敷いて一緒に寝ました。
ヒャンヒャンと叫ぶ時にはぎゅっと抱きしめて「大丈夫、大丈夫!」と、シャロンに言っているのか、自分に言っているのか…。
見えなくて不安なんだろうかと「大丈夫、側にいるよ」と。何回言ったかわからないくらい。
(母もリビングに居ましたが、諸事情で薬を服用しているため普通に眠っていました。)

次第に腕と脚がピンと張りつめた状態になって、曲げてエエんやで?と曲げようとするも、多分筋肉と神経が緊張だか硬直だかしているみたいで体も熱を持っているみたいでした。
抱きしめて、撫でて、喋りかけて…を繰り返して午前0時頃、だんだんと鳴く声に力が無くなり、声が出ない代わりに息が荒くなってきて、偶に咳き込むような感じでした。
そのとき、意識もあったのかどうか・・・。
目が開きっぱなしで、眉間を触っては瞬きを促しました。
たとえ自分で意思表示が出来なくても、(人間でも脳は死んでいても)耳は最後まで生きていると聞いたことが有ったので、とにかくずっと喋りかけてました。(傍から見れば夜通し独り言を喋り続ける怪しい人です)
「大丈夫〜」「瞬きして〜」「落ち着け〜」「ゆっくり息しよう〜」「ここにおるよ〜」「お母さんも居るよ〜」
ずっとずっとずっと繰り返してました。いやもう、怖くてほんと半分は自分に言ってました。

午前3時頃から痰が絡むような息になって、涙すら出なくて目が乾いてしまうんじゃないかと瞬きを促すも、もう意思による瞬きというよりも、反射的に一瞬瞼が動くというだけになってしまって…。
「朝になったら相方が来るからそれまで頑張ろうな!」「朝になったらお母さんも起きるから!」「大丈夫」「頑張れ」
と。こんなに頑張っているのに更に頑張れというのはとても心苦しかったけど、頑張ってほしかったのも本音で。。。
もう本当に何度言ったか分からない「大丈夫」を腕枕で繰り返し撫でてやることしかできませんでした。

そして29日…

朝まで痰が絡んだような荒い息は続き、朝7時ごろ仕事前に相方が来てくれました。
もちろんというかなんというか…もう意識も多分なくて、目も見えてなくて、多分”昏睡状態”だと言われるような状態だったんだと思うのですが相方に撫でてもらって、声掛けを交代してもらっている間に病院へ行く準備。
そのうち相方も仕事に行く時間になって、「俺が帰ってくるまで頑張れよ〜シャロン…」って。名残惜しそうに実家を出て。

8時に点滴の予約をしていたので7時50分頃母がシャロンを抱っこして私が車を家の前まで持ってこようとしたとき、ゼーゼー言っていた息が一瞬止まって、ゴフっと一咳。
「あれっ?息…止まったかも?!」と、母。
確かに……お腹動いて、無い…かも………。と。

と、とりあえず病院だ!!と慌てて車を出しました。
運転も気が気じゃなかった。

病院について、聴診器を当ててもらうも、やはり……息を引き取ってました。

きっと、母が抱っこした瞬間だったんだと思います。相方に会って1時間も経たない時でした。
私が引っ越して、父が他界して、それでもずっと一緒に暮らしてきた母に抱っこされて逝きたかったんだと思います。
きっと意識も朦朧とする中で私の声を聴いて、朝になって相方に会って、母に抱っこしてもらうまで頑張ってくれたんだと思います。本当に頑張りました。本当に…親孝行です。

再発してから10カ月も頑張ってくれました。
本当に病気なのかと疑うほどに元気でした。
10月に入ってからはツラかっただろうけど、本当にツラくて痛くて!!っていう日が長く続かなかったのは不幸中の幸いというやつでしょうか。シャロンに負担が少なかったのは良かったのかなと思うところです。

ずっと不安にさせないためにシャロンの前では泣かないと決めていたのですが、さすがに限界でした。
あれだけ曲げようとしても曲がらなかった手足がぶらんとなる姿を見た瞬間涙が止まらなくなりました。

お疲れ様。
そして13年間ありがとう。
シャロンと一緒に居た時間は幸せでしかなかったよ。
お空では大好きなお父さんと会えるかな?



いままでシャロンを応援して下さった方々に御礼申し上げます。
仲良くしてくださり本当に有難う御座いました。


未だうまく言葉に出来ない部分もあり、とにかく書き殴った感じなので乱文にて失礼いたします。
その後のお話はまた後日…。


 
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